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札幌地方裁判所 昭和45年(ワ)1166号 判決

原告 岡田あや

被告 国

訴訟代理人 成田信子 福田悟 ほか五名

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一  原告に対する老齢福祉年金併給停止処分

原告が明治二九年二月三日生れであり、昭和四一年二月三日満七〇才に達したものであること、・原告は大正六年三月一〇日亡岡田留太郎(明治一四年五月三日生)と婚姻したものであるが、亡留太郎はこれより先である明治三七年八月六日陸軍第七師団工兵第二中隊に入隊し、陸軍一等卒として日露戦争における旅順渡辺山攻撃に参加し、同年一二月二三日の戦闘において右腰部盲管銃創を受け、明治三八年二月一五日帰郷療養し、その間陸軍工兵上等兵となった上、明治三九年三月二〇日除隊したが、その腰部には小銃弾が残留し、腰部痛、下肢疼痛、歩行困難、運動神経麻痺等を呈し、恩給法上いわゆる不具廃疾となつたこと、そして亡留太郎はそのため恩給法第四六条により昭和二八年一一月二日普通恩給および増加恩給の受給権の裁定を受け、これを受給していたのであるが昭和三二年五月二〇日老衰のため死亡したこと、そこで原告は以後恩給法第七五条第一項第三号に規定する増加非公死扶助料受給権者たることの裁定を受け、これを受給するにいたつたが、その昭和四一年二月三日当時における額は金八万一、一五四円であつたこと、原告は前記の如く満七〇歳に達した以後である昭和四一年二月国民年金法(昭和四一年法律第九二号による改正前のもの)に基づき北海道知事に対し、老齢福祉年金裁定の請求をしたところ、同知事は同年二月二五日原告が老齢福祉年金受給権者である旨裁定したが、国民年金法(昭和四一年法律第九二号による改正前のもの)第七九条の二第六項(同法第六五条第一項、第三項準用)において、増加非公死扶助料と老齢福祉年金(当時金一万五、六〇〇円〕との合算額が金二万四、〇〇〇円をこえるときは、老齢福祉年金のうちそのこえる額に相当する部分については、その支給を停止する旨定められていたため、原告が右増加非公死扶助料金八万一、一五四円を受給していたことを理由として同日、更に老齢福祉年金の支給を停止する旨裁定したことは当事者間に争いがない。

二  原告は、「国民年金法(昭年四一年法律第九二号による改正前のものおよび以後の各同法改正法)が、老齢福祉年金の併給につき、増加非公死扶助料受給権者を戦争公務扶助料受給権者の場合に比して差別して扱つているのは不合理な差別であつて、憲法第一四条に違反する。」旨主張するので、以下この点につき検討する。

1  老齢福祉年金併給についての増加非公死扶助料受給権者と戦争公務扶助料受給権者との差異

国民年金法は昭和三四年四月一六日初めて昭和三四年法律第一四一号として成立し、同年一一月一日から(一部分については昭和三六年四月一日から)施行されるにいたつたものであるが、同法においては、老齢福祉年金は受給権者が公的年金各法に基づく年金たる給付を受けることができるときは、その支給を停止すること(同法第六五条第一項第一号)、老齢福祉年金の額(当時金一万二、〇〇〇円)が右公的年金給付額をこえるときは、そのこえる部分につき老齢福祉年金の支給を停止しないこと(同条第三項)が定められていた。即ち、同法は、公的年金受給者には原則として国民年金を併給しないこととし、老齢福祉年金の額が公的年金の額をこえる場合における併給の例外についても一律に取扱い、戦争公務扶助料受給権者と増加非公死扶助料受給権者との間に格別の差は設けなかつた。ところが、同法は昭和三七年法律第九二号により改正されるにいたり、かくて改正された国民年金法は、その第七九条の二第六項(同法第六五条第三項、第五項準用)において、老齢福祉年金の額(当時金一万二、〇〇〇円)と公的年金給付額とを合算した額が「金二万四、〇〇〇円」をこえるときは、老齢福祉年金のうちそのこえる額に相当する部分についてはその支給を停止することとしたが、他方、右公的年金が恩給法による増加恩給、同法第七五条第一項第二号に規定する扶助料その他政令で定めるこれらに準ずる給付であつて廃疾又は死亡を事由として政令で定める者に支給されるもの(戦争公務扶助料という)であるときは、右老齢福祉年金の額と戦争公務扶助料支給額とを合算した額が「金七万円」をこえるときにのみ、老齢福祉年金のうちそのこえる額に相当する部分の支給を停止する旨定め、ここに初めて老齢福祉年金の併給限度額につき、戦争公務扶助料受給権者と増加非公死扶助料受給権者との間に差別を設けるにいたつた。そして、その後における国民年金法の改正の都度、老齢福祉年金額は別表(三)のとおり逐次引上げられていつたが、戦争公務扶助料受給権者に対する右併給限度額もこれに併う如く別表(三)のとおり逐次緩和され、昭和四六年法律第一三号による改正後の国民年金法第六五条第四項およびこれに基づく政令(国民年金法施行令第五条の三)にいたり、準士官以下にかかるものについては、右限度額が撤廃され(昭和四六年一〇月以降)、更に昭和四七年政令第二九六号による右政令改正により中尉以下にかかるものについて右限度額が撤廃され、次いで昭和四八年政令第二六九号による前記政令の改正により大尉以下にかかるものについて右限度額が撤廃されるにいたつたものの、増加非公死扶助料受給権者に対する右併給限度額については別表(三)のとおりの緩和がなされたにすぎなかつたものであることは明らかである。

2  右立法の経緯

〈証拠省略〉によれば以下の事実が認められる。

前記の如く、制定当初の国民年金法(昭和三四年法律第一四一号)は戦争公務扶助料および増加非公死扶助料を含む公的年金受給者については等しく老齢福祉年金の支給を停止する制度をとつたものであつたが、これに対し、特に恩給法又は遺族援護法によつて旧軍人関係の扶助料、年金の支給を受けている戦争犠牲者の側から主として(1)、公務扶助料、増加恩給などは、戦争による軍人、軍属の死亡又は傷病に対する国家補償であつて、社会保障を目的としている老齢福祉年金とは性質的に異なるものであることおよび(2)、戦争で息子を失つたような父母などの遺族には老齢福祉年金が支給されず、息子が生還している場合には、その父母に老齢福祉年金が支給されるのは不合理である旨の不満が表明されるにいたり、厚生大臣の諮問機関である国民年金審議会特別小委員会は、数次の審議のうえ(1)、公的年金受給者に対しても老齢福祉年金を併給するものとすること、(2)、軍人恩給公務扶助料など所謂戦争公務に基づく事故を支給事由とする公的年金は生活保障的な要素とその他の精神的な要素が含まれていることを認めて、他の一般の公的年金と区別した取扱いをすること、(3)、右(2)の区別の割合は普通扶助料に対する公務扶助料の倍率とすることを骨子とする答申を行うにいたつた。しかし、公的年金受給者にも老齢福祉年金を併給するとしても、そのすべてにわたつて併給することは財政的に見ても老齢福祉年金の趣旨から見ても適当ではないとの理由からまず一般の公的年金については、従前から、社会保障制度審議会において、所得保障を目的とする年金制度たるにふさわしい年金額としては、少くとも月額金二、〇〇〇円程度であることが望ましいという議論がなされていたこと、又当時厚生年金保険法の各年金の基本年金額が金二万四、〇〇〇円であったことから、老齢福祉年金と他の公的年金の支給額を合算して、月額金二、〇〇〇円、年額金二万四、〇〇〇円までのものに対しては老齢福祉年金を併給するものとすること、次に戦争公務に基づく公的年金については、各制度共に他の一般の公的年金より比較的高額になつているが、これは戦地等酷烈な環境下において命の危険にさらされつつ公務に従事し、これが起因となつて死傷したのであるから戦争公務によつて減損した稼得能力を補填するという生活保障的な面以外に精神的な面の要素が加わつていると見ることができるところ、これらの公的年金には生活面と精神面とがどの位の割合をもつているかについては判然と区別することはできないが、一応のよりどころとして、恩給法における平病死にかかる普通扶助料と公務死にかかる公務扶助料の倍率をみると、兵の場合では公務扶助料は普通扶助料の三倍強であつたところから、一般の公的年金の併給基準額の金二万四、〇〇〇円のほぼ三倍程度に相当するものとして金七万円を相当とすることとして、前記国民年金法の改正案が国会に上程され、審議の結果、昭和三七年四月二八日法律第九二号国民年金法の一部を改正する法律が成立するにいたつたものである。そして、その後における法律の改正により、戦争公務扶助料は逐次増額改訂されていつたが、老齢福祉年金の額と戦争公務扶助料との合算額と右併給限度額との差額を併給することとしていたため、戦争公務扶助料が増額改訂されると右限度額を越すにいたり、右併給が受けられなくなる関係から、主として従前老齢福祉年金の併給を受けることができた者が右増額の結果老齢福祉年金の併給を受けることができなくなる事態とならないようにとの配慮から、老齢福祉年金の戦争公務扶助料との併給限度額が別表(3)のとおり引上げられていつた。しかるに、他方、戦争犠牲者に対する国の精神補償的要素が含まれているという特殊性を認め得ない一般公的年金(増加非公死扶助料を含む)については、老齢福祉年金の併給限度額を引上げるよりもむしろ、公的年金給付自体の充実を図るとの見地から、その年金額の増額、最低保障額の引上等の措置はとられたが、老齢福祉年金の併給限度額は据え置かれたままで経過し、漸く別表(3)のとおりの緩和の途を辿つたに過ぎず、そのため両者の差は次第に著しくなつていつた。

3  老齢福祉年金制度およびその性格

(一)  老齢福祉年金制度

前記国民年金法(昭和三四年法律第一四一号)は、その第八〇条において、(1)明治二二年一一月一日以前に生まれた者には、無拠出にかかわらず、昭和三四年一一月一日に、又明治二二年一一月二日から明治四四年四月一日までの間に生まれた者には七〇才に達したときに、同様に老齢福祉年金を支給する旨定めていた。

ところで、〈証拠省略〉によれば、国民年金法における老齢福祉年金制度の趣旨および性格について以下のとおりのことが認められる。

年金制度は、老齢、障害、死亡等国民が個々人では事前に十分な備えをしておくことが困難な事故によつて生活の安定がそこなわれるのを社会連帯の考え方に立つて公的に救済し、国民生活の安定を図ろうとする制度である。わが国の公的年金制度は、古く明治初年に軍人恩給制度として始まり、間もなく文官に対する恩給制度も発足し、これらは大正一二年に恩給法(大正一二年法律第四八号)に統一され、又現業官庁に勤務する者に対しては、大正八年頃から官業共済組合が設立されていたが、これらが旧国家公務員共済組合法に引継がれ、更に前記恩給法と合体した現在の国家公務員共済組合法、地方公務員等共済組合法、公共企業体職員等共済組合法においてこれが図られるにいたつた。又民間の被用者の年金制度としては、昭和一四年に船員保険法が制定され、先ず海上労働者に対する年金制度が実施され、昭和一六年の工場、鉱山等の一般労働者を対象とする労働者年金保険法がこれに続き、更に後者は昭和一九年には適用対象を事務職員および女子まで包含した被用者一般に拡大され、厚生年金保険法となつた。このように国民の一部の被用者についてはそれぞれ年金制度が設けられるにいたつたが、それ以外の農民等自営業者、零細企業被用者等にあつては依然として制度の外にとり残されてきた。そこで、終戦後における家族制度の崩壊、人口の老齢化、社会保障意識の昂揚、戦後の急速な経済復興といつた社会的諸要因を背景として、これら既設の制度からとり残された人々にも年金制度の保護を及ぼすという国民皆年金の理念に基づいて、昭和三四年四月一六日初めて国民年金法(昭和三四年法律第一四一号)が規定されるにいたつた。

ところで、国民年金制度につきこれを拠出制とするか無拠出制とするかについては種々議論のあつたところであるが、前記国民年金法は、拠出制年金法を基本とし、これに無拠出制年金を経過的、補完的に併用するという構成をとるにいたつた。これは(イ)、老齢のように誰でもいつか到達するに違いない事態については、ことに予め所得能力のある若い間に自らの力でできるだけの備えをすることは生活態度として当然であること、(ロ)、従来の各種被用者年金制度がすべて拠出制によつているので、被用者以外の者について無拠出とすることは不均衡を招くこと、(ハ)、欧米先進国も拠出制を採用していること、(ニ)、拠出による積立金の運用により、一面、国民経済の成長に寄与し、他面、その果実により給付を高くできること、(ホ)、無拠出制を基本とするとその財源を所得税等国の一般財源に求めざるを得ない関係上、財政支出の急激な膨脹が避けられず、特に我国のように老齢人口が将来急激に増加して行く国においては、将来の国民に過重な負担を負わせる結果ともなり、それを避けようとすれば、いきおい年金額などの制度の内容が社会保障制度の名に値しない程に不十分なものとならざるを得ないこと、(ヘ)、しかし乍ら、拠出制一本の制度とした場合には、制度発足当時既に老齢等事故の発生しているものに対しては拠出期間の要件が備わらないために年金の保護が及ばないという結果となることおよびこの制度の対象となる国民所得状況から見て貧困のために拠出ができない者がいる場合には、やはり年金の保護が及ばないという結果となるがかくては不公平となるから、全面的に拠出制によるものではなく、拠出制を基本としつつ、経過的、補完的に無拠出制を認めることにより国民皆年金体制を整えることにすれば、一部の年金は直ぐに支給できるし、拠出制の欠陥を補うことができるという考慮に出たものであつた。

国民年金制度は、前記の如く、国民皆年金制確立のため他の公的年金制度によつて保護されない国民を対象に創設されたものであつて、拠出制を基本とし、無拠出制年金たる福祉年金は経過的なもの、補完的なものとして設けられたものである。

経過的福祉年金は制度発足の昭和三四年一一月一日において既に老齢廃疾、死亡事故が発生しており、他の公的年金制度および国民年金法の拠出制によつても給付が受けられない者および拠出制年金が発足した昭和三六年四月一日において五〇才をこえ、拠出年金に加入することができない者を対象とするものであり、又補完的福祉年金は拠出制年金の対象者でありながら事故が発生したときに拠出要件を充足しないため拠出制年金を受けられない者に対するものである。

経過的福祉年金のうち老齢福祉年金は、明治二二年一一月二日以前に生れた者(即ち国民年金制度発足の昭和三四年一一月一日において七〇才をこえる者)には昭和三四年一一月一日に、又明治一一年月二日から明治四四年四月一日までの間に生れた者(即ち昭和三四年一一月一日において七〇才をこえない者のうち拠出制老齢年金発足の昭和三六年四月一日において五〇才をこえる者)には、七〇才に達したときに支給されるものであり、そしてその給付額は、金一万二、〇〇〇円であつた(同法第五四条。右支給額はその後数次にわたつて改訂されたが、その経緯は別表(三)のとおりである)。

(二)老齢福祉年金の性格

老齢福祉年金制度が前示の如きものであるとするならば、それは生活に困窮した者に対し具体的に最低生活を保障するという趣旨のものではなくして、生活困窮の状態にある者よりやや高い層に対してその所得の一部を保障する趣旨のものと解するのが相当である。

一般的にいつて老齢化による所得能力の減少又は喪失に加えて、身体の老化などによる医療費等の増加などのために、老齢者の生活状態は若年時に比較して相当程度低下することは明らかというべきであり、それ故国がそれに対して何らかの救済制度をとる国法上の義務があるものということができ、前示国民年金法もまたその趣旨に出たことは明らかである。ところで老齢化による生活状態の低下に対しては、国が老齢者らのうち具体的に生活に困窮している者に対してのみ最低生活の全部を保障する救貧的救済をなす制度と、生活に困窮していると否とにかかわらず、老齢化という現象を捉えて、これに対して一定の年金を給付することによつて所得の一部を保障するという防貧的制度が考えられるわけであるが、前記老齢福祉年金はことに(イ)その給付に当つてはいわゆる資力調査(ミーンズ・テスト)を行うことなく実施されるものであること又同給付額も一定金額を以てなされることおよび凶前記立法の経緯に照らせば、老齢者に対して老齢のみを要件としてその所得の一部を保障する趣旨のものと解するのが相当である。

4  戦争公務扶助料と増加非公死扶助料との性格上の差

(一)  戦争公務扶助料は前記の如く恩給法による増加恩給、同法第七五条第一項第二号に規定する扶助料その他政令(国民年金法施行令第五条の三)で定めるこれらに準ずる給付であつて、廃疾又は死亡を事由として右政令で定める者に支給されるものに含まれるものであり、恩給法上、戦争公務扶助料は増加非公死扶助料に比して高額となるように定められているものであるが、それは国家権力により徴兵されて戦地に赴き、苛烈な環境の下において生命の危険にさらされて公務に従事しつつ死亡した旧軍人の遺族に対するものであるところ、これら遺族は戦争の最大の犠牲者であるということができるから、右戦争公務扶助料の中にはこれら戦争犠牲者に対する精神的損害の国家賠償の要素が含まれているからであると見ることができる。従つて戦争公務扶助料には生活保障的部分と右精神的損害の国家賠償的な部分とが含まれているものと見ることができる。

これに対して、増加非公死扶助料には右精神的損害の国家賠償の要素は含まれていないものと見るのが相当である。即ち、増加非公死扶助料は、増加恩給受給者が、戦争による負傷に起因しないいわゆる平病死した場合に、その死亡当時その者により生計を維持し又はその者と生計を共にしていた一定範囲の親族に対し、増加恩給受給者の死亡による収入の減少を補填することを目的として支給されるものであつて、増加恩給受給の原因となつた戦傷による不具廃疾についての精神的損害の国家賠償の要素は含まれておらず、右戦傷による不具廃疾についての精神的損害の賠償的要素は増加恩給受給者本人に対する増加恩給の中にこそ含まれているのである。けだし、本人の戦傷によりその近親者が精神上の苦痛を受けた場合には、その当時の近親者は本人と並んで固有の精神的損害に対する損害賠償請求権を有するのが筋合であるが、増加非公死扶助料は、増加恩給受給者本人が平病死した場合に初めて受給権が発生するものであり(恩給法第七三条)かつ本人の死亡当時本人と同一家計にあつた一定の遺族に対し一定の順序により給付されるものであり(同法第七二条)本人戦傷当時において親族であつたか否かはこれを問わないものであるからである(従つて原告の場合のように亡留太郎の戦傷後に同人の妻となつた者であつても、受給権を取得することができる。)。

原告において「増加非公死扶助料受給者は戦争公務により不具廃疾となつた本人をかかえて長年月にわたり家計を支えてきたものであつてその労苦は戦争公務により死亡した者の遺族と何ら変るところはなく、又戦死者と戦争公務に起因した疾病により不具廃疾となつたうえ、それを直接の原因としないで死亡した者との間に差別を設ける実質的な合理性はない。」旨主張するが、仮にたまたま亡留太郎が廃人同様の余生を送つたものとしても、又原告がたまたま長年月亡留太郎を介護し辛苦を重ねたものとしても、だからといつて原告の受ける増加非公死扶助料が他の者の受ける増加非公死扶助料と異なる性格のものと見ることは困難であるし、戦死者と戦傷者ひいては戦死者の遺族と戦傷者の遺族それぞれの間には生命の存否という点において本質的相違があるのであるから、恩給法上その間に差別を設けることは不合理とはいえないものというべきである。

(2) しかしながら、戦争公務扶助料と増加非公死扶助料とには右の如き性格および趣旨上の差が存するものの両者共に老齢福祉年金制度と共通の要素を含むことはこれを否定することはできない。このことは前記当初の立法たる国民年金法(昭和三四年法律第一四一号)が、これら公的年金受給権者については老齢福祉年金の支給を停止する旨定めていたことからも窺え得るところである。

5  戦争公務扶助料と増加非公死扶助料との右性格上の差を老齢福祉年金制度にもたらすことの適否について

(一)  戦争公務扶助料と増加非公死扶助料の性格に右の如き差異があるとすれば、その特殊性に応じて、恩給法上、両者異つた取扱いをすることは合理性があるものといわなければならないが、このことは、前記老齢福祉年金制度においても両者を差別して取扱いする合理的な根拠とはなり得ないものというべきである。けだし老齢福祉年金は七〇才に達した老齢者に等しくその所得の一部の保障をなす趣旨に出たものであつて、精神的損害の賠償の要素は全く入る余地のないものであることは明らかであるところ、戦争公務扶助料も増加非公死扶助料も共に老齢福祉年金と共通のかつ等しい額の所得の一部の保障を既になしているものとすれば、 (戦争公務扶助料はその上に精神的損害の国家賠償の部分が付加されている)両者にそれぞれ老齢福祉年金を併給する場合併給額において異つた取扱をすることは平等主義の原則上許されないものといわなければならない。

ところで、恩給法において戦争公務扶助料と増加非公死扶助料との所得の一部の保障部分がそれぞれそれ自体では防貧的制度としては十分とはいえず又老齢福祉年金相当額に満つるものといえない場合には右所得保障部分にそれぞれ老齢福祉年金の併給を以て補うことは立法上許されないものではないというべきである。そうとすれば前記昭和三七年法律第九二号により改正された国民年金法において、戦争公務扶助料受給者および増加非公死扶助料受給者に対して共にそれぞれ併給限度額を設けたうえ老齢福祉年金を併給することとしたことも許されないものではないというべきである。

次に、前記昭和三七年法律第九二号により改正された国民年金法において、老齢福祉年金の戦争公務扶助料との併給限度額(金七万円)を増加非公死扶助料との併給限度額(金二万四、〇〇〇円)よりも高額に定めたことは、両者に対する老齢福祉年金の併給額をほぼ等額とするための措置なのであるから、それ自体は合理性を有するものといわなければならない。(この場合、それぞれの併給限度額に差をつけず、両者の併給限度額を等額と定めたとすれば、却つて、戦争公務扶助料受給権者に対して老齢福祉年金の併給につきより厳しい制限を設けた結果となる)。

ところで戦争公務扶助料受給者については、恩給法上給付額が引上げられるに伴い、従前老齢福祉年金の併給を受けることができた利益を失う事態が生じないようにとの配慮から、昭和三九年法律第八七号以降の各国民年金法の改正法において右併給限度額が引上げられていき、遂には右併給限度額を廃したのに拘らず、増加非公死扶助料受給者についてはこれに相応した措置が措られなかつたことは前示のとおりである。そうしてみると、戦争公務扶助料受給者については、老齢福祉年金併給の措置を講じながら、増加非公死扶助料受給者に対しては老齢福祉年金の併給を拒否するに等しいものであるから、昭和三九年法律第八七号以降の各国民年金法の改正法において増加非公死扶助料受給者に対して併給制限を定めた規定は、戦争公務扶助料受給者に対する併給制限に比し、同等以上の制限又は合理的な範囲をこえる厳しい制限を加えたものというべきであつて、合理的根拠に乏しいものというべきである。

(二)  しかしながら、右法規が憲法第一四条第一項に違反するものといい得るか否かについては更に検討を要する。

憲法第一四条第一項は法の下における平等をいうものであるところ、同法第二五条の理念に基き老齢者に対して所得保障を行う場合についていえば国は不合理な差別をしてはならず、すべて平等に扱うべきであるが、それは必ずしも単一の立法においてこれを実現すべきことまでを要するとするものではなく、共通な法体系を綜合して平等な扱いを図るときは、その趣旨に反しないものと解すことができる。換言すれば、共通な数個の立法を以て併せて目的の実現を図るときに、その一個において外見上不合理と見える差別が存するとしても、それのみで直ちに憲法第一四条第一項の趣旨に反するものと断ずることはできず、他において明らかに代償的措置を何ら講じていないといえるときに初めて右差別を以て右趣旨に反するものというべきである。

そうしてみると、前記昭和三七年法律第九二号によつて改正された国民年金法以降、法は、戦争公務扶助料および増加非公死扶助料を含む公的年金受給者については、従来の公的年金制度自体において単独で国民年金制度の企図すると同の所得保障をして国民生活の安定を図ることを捨て、右各公的年金の一部であつて老齢による所得保障を目的とする部分と老齢福祉年金の一部(戦争公務扶助料受給者のうち準士官以下のものについては昭和四六年一〇月以降老齢福祉年金の全部)とを併せ支給することにり両者相侯つてはじめて老齢福祉年金制度におけると同等の所得保障をして国民生活の安定を図ることとしたものと解される。

前記昭和三七年法律第九二号によつて改正された国民年金法以降併給を認めたことは、戦争公務扶助料と増加非公死扶助料の各受給者に対する所得保障を、恩給法だけでなく国民年金法をあわせて双方の給付をなすことによつて実現することに立法の態度が変化したものと解することができるのである。

このように、併給を前提にしたうえで所得保障の優劣ないし差別の有無を決すべきものとすれば、比較の対象となるのは、恩給法上の扶助料と国民年金法上の老齢福祉年金を合算したうえでなければならないのは理の当然であつて、そのいずれか一方、とくに国民年金法上の給付の額や併給の限度額を比較しただけでは、戦争公務扶助料の受給者と増加非公死扶助料の受給者間の差別扱いの有無を決することはできないものといわなければならない。ところが、原告は、単に国民年金法が老齢福祉年金の併給につき、増加非公死扶助料の受給者を戦争公務扶助料の受給者の場合に比して差別して扱つているのは不合理な差別であつて、憲法一四条に違反するというのみで、恩給法との関係については何ら言及していない。そうだとすれば、右国民年金法において老齢福祉年金の併給限度額につき戦争公務扶助料受給者と増加非公死扶助料受給者との間に一見不合理と見える差別が設けられていても、直ちに憲法第一四条第一項に反するものと断ずることはできず、恩給法等において増加非公死扶助料受給者につき明らかに右代償的措置を措つていないものといえるときに初めて右国民年金法の規定が憲法第一四条第一項に反する余地があるにすぎない。しかるに、右昭和三七年法律第九二号以降これに対応する如く恩給法においても法改正が行われ、戦争公務扶助料および増加非公死扶助料共にその給付額の引上が行なわれたものであるが、右恩給法改正法に徴しても未だ増加非公死扶助料受給者につき右代償的措置が措られなかつたことが明らかであるとは到底認められないのである。

してみるとこの点からして右国民年金法の規定が憲法第一四条第一項に違反するものと断ずることはできず、従つて本件停止処分が無効であるということはできないものというべきである。のみならず、国民年金法自体において増加非公死扶助料受給者につき右差別の解消を図るとすれば、右併給限度額に代るべき新たな併給限度額を定立すべきこととなる(増加非公死扶助料受給者に対して前記併給限度額を定めた規定が無効であるとしても、直ちに老齢福祉年金の全額を併給すべきものとなるものではない。かくては却つて増加非公死扶助料受給者が戦争公務扶助料受給者に比し優遇される結果となる。)ところ、これは従来法により与えられていた権利以上のものを新たに与えられる結果となり、裁判所が実質的に新たな立法をなすに等しいから、増加非公死扶助料受給者に対して従来より以上の権利を与えるべき範囲ないし新たな併給限度額が立法府の判断をまつまでもなく一義的に明白であつて、立法政策上の選択の余地がない場合でなければ許されないというべきである。

しかるところ戦争公務扶助料には増加非公死扶助料とは異つた特殊性があり、かつ共にその所得保障部分を老齢福祉年金の併給を以て補うこととしたことから、右併給限度額に差を設けることは合理性を失わないと解されたことは前示のとおりである。しかし前示の如く右併給限度額の定立は戦争公務扶助料額、増加非公死扶助料額および老齢福祉年金額を互に勘案したうえでなされるものである以上、増加非公死扶助料受給者に対する併給限度額を立てたうえ併給制限を定めた法の規定のうち、戦争公務扶助料受給者に対する併給制限と同等以上の制限を加えた部分又は合理的な範囲をこえた制限を加えた部分がどれに当るかにつき定めることが立法府の裁量的判断にまつまでもなく一義的に明白であるとは到底できないものである。

してみると、法が老齢福祉年金の併給制限について、戦争公務扶助料と増加非公死扶助料とを差別して取扱つていることに合理性はないとしても、それを理由として増加非公死扶助料受給者に対する老齢福祉年金の併給額を特定しその給付を求めることはできないものといわなければならないことになる。

三  老齢福祉年金併給における増加非公死扶助料受給権者と一般所得を有する者との差について

原告は、国民年金法(昭和四二年法律第九六号による改正前のもの)および以後の同法改正法において、増加非公死扶助料受給権者に対する併給限度額と一般所得を有する者に対するその支給限度額との間に差を設けているのは不合理な差別であり、憲法第一四条に違反する旨主張するので、以下この点につき検討する。

増加非公死扶助料受給権者に対する老齢福祉年金の併給限度額の推移は前示のとおりであるところ、他方国民年金法(昭和四二年法律第九六号による改正前のもの)は、その第七九条の二第六項(同法第六六条第一項)において老齢福祉年金受給権者の前年度の所得が金二四万円をこえるときは、その年の五月から翌年の四月までその支給を停止する旨定め、右金額はその後の同法改正により別表(三)のとおり推移しているものである。

〈証拠省略〉によれば、一般所得を有する者に対する老齢福祉年金の支給停止の制度は前記創設の国民年金法(昭和三四年法律第一四一号)において既に定められ(その限度額は金一三万円であつた)、別表(三)のとおりの推移を経たものであるが、その立法の趣旨は、老齢福祉年金は、拠出に対する反対給付としてではなく、無拠出制で行なわれるところから、国の財政負担を考慮し、又或る程度以上の所得があり生活にゆとりのある者にまで支給する現実的必要性がないということにあつたことが認められる。

そして他方増加非公死扶助料受給を理由とする老齢福祉年金の支給制限は前示のとおり、国民年金制度は他の公的年金制度によつて保障されない者に対する所得保障制度であることから現実に他に公的年金を受けている者には老齢福祉年金支給を制限せんとするものである。

そうとすれば、老齢福祉年金の増加非公死扶助料受給による支給制限はわが国の国民年金と他の公的年金との機能的調整に由来するものであるに対し、一般所得による支給制限は国民年金における老齢福祉年金制度自体の事由に基くものであつて、その趣旨および機能を異にしているものであるから、両者を同一視して論ずることはできず、夫々について定められた限度額について差があるからと言つてこれを直ちに不合理な差別であるということはできない。

四  そうしてみると本件老齢福祉年金併給停止を定めた法の規定が憲法第一四条に違反する旨の原告の主張は理由がないから、本件老齢福祉年金併給停止処分の無効を前提とし老齢福祉年金の給付を求める原告の本訴請求は理由がないことになる。

よつて原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民訴法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 磯部喬 太田豊 末永進)

別表(一)ないし(三)〈省略〉

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